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概要

広島大学  未病・予防医科学共創研究所

Industry-Academia Collaborative Institute for Preventive Medicine(設置日:2019年4月1日)

杉山政則 研究所長
(医系科学研究科 共同研究講座教授) のごあいさつ

I. 本共創研究所設立の経緯

Louis Pasteur (France) による狂犬病ワクチンの開発により, 世界中から寄付を受け、科学, 医学, 公衆衛生の発展を目的とした研究所がパリに創設されました (1987年)。本研究所は, 設立当時から現在まで, 一貫してパストゥールの遺志を継ぎ、研究・教育・公衆衛生を三大ミッションとした半官民間的研究機関として, 人類の健康と感染症の予防・治療に貢献しています。ちなみに、本研究所の研究活動は, 数百に及ぶ特許による事業収入, 世界の篤志家からの寄付, および仏政府からの基金などで維持されており, これまでに10名のノーベル賞受賞者を輩出しています。

広島大学大学院医系科学研究科(薬)「未病・予防医学共同研究講座」を担当する私は, かつて, 日仏科学協力事業の長期派遣研究者として, パリ・パストゥール研究所で研究活動をしていた経験から, 将来的には, 創薬及び予防医学に資するための植物由来乳酸菌の機能性開発と実用化」を目指した研究所の創設を望んできました。それが現実になったのは以下のことが切掛けとなりました。

2019年, 広島大学は, 本学と外部機関(民間企業)とが「組織」対「組織」による高度な相互理解と信頼を前提とした新たな価値を求めて, 「共創研究所」の設置を推進し, それを広島大学共創研究所として名乗ることが公認されました。広島大学の霞キャンパス内に新設された「未病・予防医科学共創研究所」は, プロバイオティクスを利用して未病改善と予防医学のための医薬品開発を最終目標とした研究を進めています。さらに, 本共創研究所は, 産学連携による共同研究を推進することに加え, 若手研究者の人材育成を使命とし, 大学院医系科学研究科での学位取得希望者と外国人留学生を積極的に受け入れています。ちなみに, 研究所の維持運営には外部機関から受け入れる共同研究経費と特許収入を充てています。

「未病」とは, 東洋医学用語で「病気の一歩手前の健康状態」のことを指しています。21世紀は未病の改善と予防医学が重視される時代です。本共創研究所の核となっている「未病・予防医学共同研究講座」では, これまで, 果物, 野菜, 花, 薬用植物などの植物に特化して, 未病・予防医学に役立つ機能性を示す植物乳酸菌を探索し, その優れた機能性分子の化学構造と機序を明らかにするための研究を推進しています。

これまでに採取・分離し, 分類学的に同定した植物乳酸菌は1, 300株を超えています。最近は, 旭興産(株)グループ, (株)サクラオB&D, 野村乳業(株), 広島駅弁当(株), バイオガイアJapan(株), そして広島大学発ベンチャー(株)IPLなどの民間企業と共同研究契約を締結し, 機能性植物乳酸菌とその菌株が産生する「生物活性物質」を利用した機能性食品やサプリメント(錠剤・カプセル)を実用化してきました。今後は, 更なる基礎研究と医師主導型の臨床研究(治験)により得られた科学的エビデンスを医薬品開発に生かすことで, 今や40兆円を超えるわが国の医療費の削減と健康長寿社会の実現に向けて貢献したいと考えています。

II. 共創研究所を支える2つの共同研究講座

未病・予防医学共同研究講座(Department of Probiotic Sciences for Preventive Medicine)は, 医系科学研究科の教授会と教育研究評議会の議を経て学長が承認し, 2016年4月1日付で設置されました。今後は, その活動実績(研究業績並びに共同研究による外部資金導入実績)を研究所内の運営会議を通じて自己評価しつつ, 3年ごとに設置期間の延長を申請しています。2020年4月現在, 「未病・予防医学共同研究講座」は9年目に入りました (責任者:杉山政則教授)。

III. 本共創研究所の研究テーマ

近年, 腸内細菌叢と特定の疾患との間に密接な関係のあることがかなり報告されるようになりました。その研究成果として, 腸内細菌叢の破綻(ディスバイオシス:dysbiosis)により, ある種の疾患が誘発されることも解ってきました。そこで, 「未病・予防医科学共創研究所」では, 腸内細菌叢と各疾患との関連性を調査するとともに, プロバイオティクスの経口摂取により, 腸内細菌叢の破綻を改善するか否かをメタゲノム解析の面から証明する研究を進めています。最終目標として, 未病の改善や疾病の予防に有効なプロバイオティクスの創薬への応用を掲げています。

ただし, 現在のメタゲノム解析には問題があるのも事実です。ある種の腸内細菌が腸疾患の発症に関わっているとの報告があるものの,腸内細菌叢を解析するために採取した糞便中に存在する各種腸内細菌のDNAの抽出の仕方について, 抽出方法の違いが解析結果に影響を与えることがわかってきました。早稲田大学の研究グループは, ボランティアから採取した糞便を,ビーズ破砕法, 熱処理法, 溶菌酵素法のいずれかの方法によって, それぞれDNAを抽出し, メタ16S rRNA遺伝子の解析とメタゲノム解析を行い,腸内細菌叢を解析したのです。その結果, 溶菌過程を検証すると,ほぼ全てのグラム陰性菌はSDS処理のみで溶菌したのですが, グラム陽性菌はSDS処理ではほとんど溶菌化されず,酵素処理を加えて, ようやく溶菌することを確認しています。具体的には 上記のいずれかの方法で抽出された糞便中のDNA量は酵素法が最も多く,次にビーズ破砕法が続き,熱処理法では極めて少ないと報告しています。この結果は, 細菌細胞の破壊方法の違いにより, メタゲノム解析の結果が異なることを意味しています。

細菌細胞の完全破壊について, 「未病・予防医学共同研究講座」では, 旭興産(株)グループとの共同研究課題として, 糞便から抽出した腸内細菌群を300~400 MPaの超高圧 (海底3~4万メートルの深さの圧力相当)をパルス方式でかける装置を開発することにより, 糞便中の腸内細菌をすべて破壊する装置の開発を進め, 2020年度中には実機が完成する予定です。これまでの不完全な細胞破壊法に代わる, 「超高圧パルス法」装置が完成すれば, これまで得られてきたマイクロバイオームの情報(ビッグデータ)や腸内細菌叢と疾病との関係が一変します。そこで, 本研究所の ①「マイクロバイオーム解析科学研究室」では, 装置開発とそれを用いた患者を対象としたマイクロバイオーム解析を実施します。

文部科学省・知的クラスター創成事業および都市エリア産学官連携促進事業, 経済産業省・地域資源活用型研究開発事業を推進してきた杉山教授が主宰する研究プロジェクトでは, 2003年から, 分離源を植物(果物, 野菜, 花, 薬用植物)に特化して乳酸菌の探索研究を行い, これまでに, 分類学的に同定した植物乳酸菌株として1,300菌株を取得し. ライブラリーとして保存し, かつ, 必要に応じてNITEに特許微生物として登録しています。さらに, このライブラリー中に保存されている植物乳酸菌の保健機能性分子について研究した結果, アルコール中毒症状を改善する乳酸菌, γ―GTP値を有意に下げる乳酸菌, GABAを高生産する乳酸菌, インフルエンザウイルスやノロウイルスの感染細胞への感染を阻害する「細胞外多糖体」を産生する乳酸菌, 食中毒起因菌やピロリ菌の増殖を阻害する物質を産生する乳酸菌, 齲蝕(虫歯)の起因菌ミュータンス菌 (Streptococcus mutans) のつくるバイオイルムの形成を阻害する乳酸菌, MRSAの産生する毒素(TSST-1)の産生能を転写レベルで阻害する物質を産生する乳酸菌, フレイル予防に有効なアミノ酸である, オルニチンやシトルリンを大量に産生する乳酸菌, I型およびIV型アレルギーを改善し, かつ, 内臓脂肪の蓄積を抑制する乳酸菌, 歯周病菌(Porphyromonas gingivalis:ジンジバリス菌)の産生する毒素(ジンジパイン)の阻害剤とジンジバリス菌に対する抗菌物質を産生する麹菌など, つぎつぎに発見しています。そこで, これらの植物乳酸菌に加えて, 麹菌や植物に付着している放線菌の創薬への応用を目的とし, ②「プロバイオティクス科学研究室」にて研究を推進しています。

さらに, 平成19年度から実施し, 民間企業からの委託を受けて, 共同研究契約を結び実施してきた「食品臨床研究」は既に43件, 2025年1月現在, 未病・予防医学共同研究講座に登録されている被験者ボランティア数は5,200名を超えています。このように, 食品の臨床研究を実施する③「食品臨床研究組織」を, 本共創研究所に創設しています。

さて, 本共創研究所で実施している食品臨床試験では, 広島大学病院 総合内科・総合診療科の菅野啓司准教授が, 医師としてその一翼を担ってきました。食品臨床研究の被験者は原則として健常者です。今後, 医薬品の創成を目指すためには医師主導で, かつ, 患者さんを対象とした臨床研究が必要です。そこで, 未病・予防医科学共創研究所では, 治験を実施する, 医師主導の治験を進めていきます。

本共同研究講座設置までの経緯としては, 未病・予防医学共同研究講座(責任者:杉山政則教授)と旭興産株式会社との3年間に渡る共同研究を通じて, 植物から探索分離された乳酸菌 Lactobacillus paracasei IJH-SONE68の産生する細胞外多糖体(exopolysaccaride: EPS) が, I型およびIV型アレルギーの予防・改善, 並びに内臓脂肪の蓄積抑制に有効であることを見出し, その化学構造解析の成果とともにインパクトファクターの高い国際学術論文に発表してきました。

他方, わが国の炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease: IBD)のうち, 潰瘍性大腸炎患者の数は2014年時点で17万人,クローン病が4万人を超え,2000年と比べると両疾患ともに2倍以上に増えています。IBDは大腸および小腸の粘膜に炎症が起きることにより, びらんや潰瘍ができる原因不明の慢性疾患で, 主な症状としては腹痛, 下痢や血便, 発熱などを認めます。さらに, ストレスが増悪因子とされる過敏性腸症候群(Irritable Bowel Syndrome: IBS)に苦しんでいる人が極めて多くいます。IBSは血液検査や内視鏡検査で原因となる器質的病変を認めないにもかかわらず, 腹痛や腹部不快感に加え, 便秘や下痢症状, 排便回数や便の形状異常が数ヵ月以上続く疾患です。男性に比べて女性に多く, 社会活動の活発な年齢層に発病率が高く 症状がいつ起きるかの不安があるために日常生活に支障をきたすことが少なくありません。

未病・予防医学共同研究講座では, ごく最近, マウスを用いた動物実験を通じて, 植物乳酸菌IJH-SONE68株の産生するEPSのマウスへの投与が, IBDの予防改善に有効であることがわかってきました。これらの成果を踏まえて, 年々増加の一途をたどるIBDやIBSなどの消化管疾患を持つ患者さんを対象とした臨床研究(治験)と治療薬開発のための基礎研究を実施します。